まだ入り口に立ったばかりで、すべての舞台が真剣勝負の連続

<私と修行 - 年月かけて本物探す旅  2002.01.04 朝日新聞夕刊>
・腹筋が弱いのが気になって、家で自分で鍛えたことがあるんです。そしたら「同じ腹筋でも、バレエと使う場所は違う」と先生に注意されて。クラシックバレエで自己流は禁物なんだと思い知りました。
 けいこはつらいですね。同じことの繰り返しで。舞台で拍手をいただくたびにはげまされますけど、なぜこんな思いをしてまで、と思うこともあります。長いグラン・パ・ド・ドゥを「もう一度」なんて言われると、「・・・・・ふう」って。
 まだ入り口に立ったばかりで、すべての舞台が真剣勝負の修行です。期待にこたえるレベルで踊らなきゃと思うと、怖くて仕方がなくなることもあります。
 でも、そんな精神的プレッシャーに耐えることも修行なのでしょうね。肉体的な訓練だけじゃないと思うんです。感謝の気持ちを忘れないとか、人間としての広さ、豊かさを持てるように日々努力したい。自分の幅を広げるために、お芝居など違う分野の舞台も観に行くようにしています。
 個性を消す必要はないけれど、受け継がれてきたバレエの型は崩さない。そのためにはやはりあせらず、先生のおっしゃるとおり訓練を続けていくしかないんだと思います。
(重圧に耐えることも - バレエダンサー 上野 水香さん)

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運命を変えるのは、大きな努力ではなく小さな習慣だ(「運命を変える50の小さな習慣」あとがき)

夢を実現するには、人並みすぐれた才能や実力は、
実はそれほど必要ではありません。
成功している本人は「特に何もやってません」と言うのです。
でも、やっぱり何か違うことをやっているのです。
それは、小さな習慣です。
その小さな習慣が、あなたの未来をどんどん変えていきます。
習慣は、努力ではありません。
頑張ってしなければいけないというものでもありません。
何気なしにやっている簡単なことで、未来は変わっていくのです。

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世界がもし100人の村だったら (ネットワーク・フォークロア)

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には...

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人
70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています
1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピュータを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるより明らかです。
また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら...あなたは今週生き残ることができないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら...あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら...あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら...あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。

もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら...あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら...それはとても稀なことです。

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間2倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて、その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。

お金に執着することなく、喜んで働きましう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。
誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。

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あきらめない人生 - 瀬戸内寂聴 著書より抜粋

生きるということは自分の中にある才能の可能性を引き出し、それを育て、極限まで成長させ大輪の花を咲かせるということだと私は長い間考えてきました。そして自分の才能の花が、自分以外の他人を喜ばせること、それが最高の生き方だと私は考えています。

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心よ老いるな - 林 望

<夕暮れはまだ遠い - 団塊50代の日々 2002.01.09 朝日新聞夕刊>
 50歳になってから「ソルフェージュ」を始めた。ソルフェージュは、楽譜を見てすらすらと歌えるようにする訓練である。

 それより以前から私は声楽の勉強をしていたが、やがて東京芸大の若い声楽家たちと古典重唱のグループを作って演奏活動をするようになった。ところが、ヘ音記号で書かれているバリトン用の楽譜が読みにくい。
 かくてはならじと私は、齢50にして俄然そのためのレッスンを開始したのだった。教えてくれていたのは、芸大での教え子で、その重唱団の座付き作曲家でもある上田真樹君である。
 とはいえ、そんなことは子供のうちから訓練しない限りまず上達はおぼつかない、と上田君も思ったそうである。まあそれが常識というものだ。
 ところが、熱心に学ぶこと1年、2年、最初は難攻不落のように見えた楽譜が、不思議に読めるようになってきた。子供のころからバイオリンなどを習っていたとはいえ、楽譜を見てただちにそれを音として歌うというのはまた別個の能力である。
 そうして、今ではかなり複雑な転調や臨時記号のついた楽譜でも、それほど難しくもなく歌えるようになった。我ながら驚きだったし、教える先生もびっくりした由である。
 そこで思ったのだが、人間の能力というものは、努力によって必ず開発できる。何事も諦めてはならないのだ。日常に流されて努力を怠れば、その分「あるべき力」までも失ってしまう。人として生きて、それほど残念なこともあるまい。私は50にして大学もやめ、新規まき直しの人生を歩き出したが、その転機に、こういう経験をしたのは大きな力となった。

 50代はまだ老け込むには早い。それどころか、かえって反撃に打って出て、若い時にはできなかったことまでもこの手に取り戻したい。私は、そう思いながらつくづくと心の工夫を巡らしているところである。

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才能って案外、人が見つけてくれるもの。人づきあいを大切に、ムダをムダと思わず重ねていけば、ええこと見つかるんとちゃう?

テーマは「I LOVE MEというStyle」 - 阿木耀子(作曲家・女優)/綾戸智絵(ジャズシンガー)
<第113回 朝日ベルサロン・レポート 2002.03.10 朝日新聞>
エネルギーって呼吸と同じ。全部はき出せば、新しいものが吸い込める。- 阿木
阿木:「どうしていつも元気なの?」って、聞かれません?
綾戸:そうなんですよ。でも聞かれても「天然なんで」。確かに、静かにするのには努力がいります(笑)。
阿木:「毎日100%生き切る」っておっしゃっていましたが・・・。
綾戸:そう、全部出してしまわんと、なんや心残りでね。だって同じミニスカートはくんでも、今日と明日では、ひざ小僧が1日分老化してると思うと、今日のうちに出しとこ!と思いますやん。明日、往生してもええように(笑)。
阿木:エネルギーってため込むと、くさっちゃう。たえず出し切れば、新しいエネルギーが生まれてくるんですよね。
人間、賞味期限わからへんから、今、今、今を「生モノ」で生きていかな、ね。- 綾戸
阿木:今日は「I LOVE ME」というテーマなんですが、自分の才能を開花させるには、どうしたら?
綾戸:才能って、実は人が見つけてくれるものやと思います。私自身、皆さんに歌わせてもろてる。私のこれまでの努力かて、皆さんにさせていただいたもんです。そう考えると大切なんは、人づきあいのエネルギーを惜しまんことやね。例えば人から「歌って」と言われたら、すぐ返す。ムダでもええ。人間、何十年生きてる中で、何かええこと1個でも見つけようと思たら、ムダ重ねて重ねていかなあきまへんわ。それ惜しんどったら、その1個も見つからへん。
阿木:人づきあいに省エネしちゃ、いけませんよね。

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どこまで行けるか、行く前に考えない - 「運命を変える50の小さな習慣」中谷 彰宏

◆人生は、ヒッチハイク。「どこまで行くの?」「とりあえず行けるところまで」
 はたして自分には、好きなことをする才能があるのだろうか?自分の才能で、どこまで行けるか見きわめてからでないと、スタートできない人は、永遠にスタートできません。
 夢を実現するのは、スタートした人です。「行けるかどうかわからないけど、行けるところまで行こうか」と始められる人が、夢を実現する人です。「行けるところまで行こう」という考え方がどうしてもできない人がいます。
 人生は、ヒッチハイクです。誰でも、すごいことを始めようと思うと始められません。ポケットに入っているお金で行けるところまで行くという感覚を持てる人が、夢を実現していくことのできる人です。行ってみたら、なんとかなるものなのです。

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犬の十戒 − 作者不詳

My life is likely to last ten to fifteen years.

私の一生は10〜15年くらいしかありません。

Any separation from you will painful for me.


ほんのわずかな時間でもあなたと離れていることは辛いのです。


Remember that before you buy me.


私のことを飼う前にどうかそのことを考えてください。


Give me time to understand what you want of me.


私が「あなたが私に望んでいること」を理解できるようになるまで時間が必要です。


Place your trust in me- it's crucial to my Well-being.


私を信頼して下さい・・・・・・それだけで私は幸せです。


Don't be angry at me for long and don't lock me up as punishment.


私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい。


You have your work,your entertainment and your friends.


あなたには仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう。


I have only you.


でも・・・・・・私にはあなただけしかいないのです。


Talk to me sometimes.


時には私に話しかけて下さい。


Even if I don't understand your words, I understand your voice when it's speaking to me.


たとえあなたの言葉そのものはわからなくても、私に話しかけているあなたの声で理解しています。

Remember before you hit me that l have teeth that could easily crush the bones of your hand but that I choose not to bite you.

私を叩く前に思い出して下さい。私にはあなたの手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど、私はあなたを噛まないようにしているということを。


Before you scold me for being uncooperative,obstinate or lazy, ask yourself if something might be bothering me.


私のことを言うことをきかない、頑固だ、怠け者だとしかる前に、 私がそうなる原因が何かないかとあなた自身考えてみて下さい。


Perhaps I'm not getting the right food,or I've been out in the sun too long or my heart is getting old and weak.


適切な食餌をあげなかったのでは?日中太陽が照りつけている外に長時間放置していたのかも? 心臓が年をとるにつれて弱ってはいないだろうか?などと。


Take care of me when I get old ; you, too, will grow old


私が年をとってもどうか世話をして下さい。あなたも同じように年をとるのです。


Go with me on difficult journeys.


最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送ってください。


Never say, "I can't bear to watch it ." or " Let it happen in my absence."


「見ているのがつらいから」とか「私のいないところで逝かせてあげて」なんて言わないでほしいのです。


Everything is easier for me if you are there.


あなたがそばにいてくれるだけで、私にはどんなことでも安らかに受け入れられます。

Remember, I love you.

そして・・・・・・どうか忘れないで下さい。私があなたを愛していることを。

Author Unknown
 作者不詳

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13歳のシャーロッテ・アルデブロンがメイン州の平和集会で話した内容

アメリカ人がイラクに爆弾を落とすことを考えるとき、頭の中で想像するのは軍服を着たサダム・フセインとか、銃をもった黒い口ひげの兵隊とか、バグダッドのアルラシード・ホテルの玄関フロアに「罪人」と説明つきで描かれた父ブッシュ大統領のモザイク画とかでしょう。

でも、知っていますか? イラクに住む2400万人の人たちのうち半分以上は15歳以下の子どもなんです。1200万人の子どもですよ。私と同じような子どもたちです。私はもうすぐ13歳ですけど、もっと大きい子たちや、もっとずっと小さい子たちがいて、女の子ではなくて男の子もいるし、髪の毛は赤毛じゃなくて茶色だったりするでしょう。でも、みんな私とちっとも変わらない子どもたちです。

ですからみなさん、私をよ〜く見てください。イラク爆撃のことを考えるときは、頭の中で私のことを思い描いてほしいからです。みなさんが戦争で殺すのは私なんです。

もし運がよければ、私は一瞬で死ぬでしょう。1991年2月16日にバグダッドの防空壕で、アメリカの「スマート」爆弾によって虐殺された300人の子どもたちのように。防空壕は猛烈な火の海になって、その子どもたちやお母さんたちの影が壁に焼きつきました。いまでも石壁から黒い皮膚を剥ぎ取って、お土産にできるそうです。

けれども、私は運悪くもっとゆっくり死ぬかもしれません。たったいまバグダッドの子ども病院の「死の病棟」にいる、14歳のアリ・ファイサルのように。湾岸戦争のミサイルに使われた【劣化ウラン】のせいで、彼は不治の白血病にかかっています。

さもなければ、生後18か月のムスタファのように、内臓をサシチョウバエの寄生虫に食い荒らされて、苦しい不必要な死を迎えるかもしれません。信じられないかもしれませんが、ムスタファはたった25ドル分の薬があれば完治するのです。でも、みなさんが押しつけている経済制裁のためにその薬がありません。

さもなければ、私は死なずに何年も生きるかもしれません。サルマン・モハメドのように、外からではわからない心理学的打撃を抱えて……。彼はいまでも、アメリカが1991年にバグダッドを爆撃したとき、幼い妹たちと経験した恐怖が忘れられないのです。サルマンのお父さんは、生きのびるにしても死ぬにしても同じ運命をと、家族全員を一つの部屋に寝かせました。サルマンはいまでも、空襲のサイレンの悪夢にうなされます。

さもなければ、3歳のとき湾岸戦争でお父さんをアメリカに殺されたアリのように、私は孤児(みなしご)になるかもしれません。アリは3年のあいだ毎日、お父さんのお墓の土を手でかき分けては、こう呼びかけていたそうです。「だいじょうぶだよ、パパ。もうパパをここに入れたやつらはいなくなったから」と。でもそれはちがったみたいね、アリ。そいつらはまた攻めていくらしいもの。

さもなければ、私はルエイ・マジェッドのように無事でいられるかもしれません。彼にとっては、学校へ行かなくてよくなり、夜いつまでも起きていられるのが湾岸戦争でした。でも、教育を受けそこなったルエイは、いま路上で新聞を売るその日暮らしの身の上です。

みなさんの子どもや姪や甥が、こんな目にあうのを想像してみてください。体が痛くて泣き叫ぶ息子に、何も楽になることをしてやれない自分を想像してみてください。崩れた建物の瓦礫の下から娘が助けを求めて叫ぶのに、手がとどかない自分を想像してみてください。子どもたちの目の前で死んでしまい、そのあと彼らがお腹をすかせ、独りぼっちで路上をさまようのを、あの世から見守るしかない自分を想像してみてください。

これは冒険映画や空想物語やビデオゲームじゃありません。イラクの子どもたちの現実です。最近、国際的な研究グループがイラクへ出かけ、近づく戦争の可能性によってイラクの子どもたちがどんな影響を受けているかを調べました。話を聞いた子どもたちの半分は、もうこれ以上生きている意味がないと答えました。

ほんとに小さな子たちでも戦争のことを知っていて、不安がっているそうです。5歳のアセムは戦争について、「鉄砲と爆弾で空が冷たくなったり熱くなったりして、ぼくたちものすごく焼け焦げちゃうんだ」と語りました。10歳のアエサルは、ブッシュ大統領にこう伝えてほしいと言いました。「イラクの子どもが大勢死にます。あなたはそれをテレビで見て後悔するでしょう。」

小学校のとき、友だちとの問題は叩いたり悪口を言い合ったりするのではなく、相手の身になって話し合うことで解決しましょうと教わりました。相手の行動によって自分がどう感じるかをその子に理解してもらうことで、その行動をやめさせるというやり方です。

ここで、みなさんにも同じことをお願いします。ただし、この場合の“相手”とは、いま何かひどいことが起ころうとしているのを待つしかないイラクの子どもたち全部です。ものごとを決められないのに、結果はすべてかぶらなければならない世界中の子どもたちです。声が小さすぎたり遠すぎたりして、耳をかしてもらえない人たちのことです。

もう一日生きられるかどうかわからないのは恐ろしいことです。

ほかの人たちが自分を殺したり、傷つけたり、自分の未来を奪ったりしようとすれば、腹が立つものです。ママとパパが明日もいてくれることだけが望みだなんて、悲しいです。そして最後に、自分がどんな悪いことをしたのかも知らないので、何がなんだかわかりません。

(翻訳:星川淳)

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シャーロッテ・アルデブロンは、メイン州のプレスクアイルでカニングハム中学校に通う13歳。彼女への感想は、お母さんのジリアン・アルデブロンまで。

mailto:aldebron@ainop.com

記事原文

そろそろ、「年齢」に縛られない世の中へ。  生年月日を捨てましょう。 

 1950年には50歳台だった日本人の平均寿命が、今では80歳を超える勢いにあります(しかもまだまだ伸び続ける見通しが立てられています)。そのような環境で、かつての50代や60代とは比べものにならないほど若くて元気な50代や60代(あるいはそれ以上の人々)が増えているのは当然のことです。その一方で、これまでの学校や仕事上の制度で縛っておくには惜しいポテンシャルを持つ10代や20代が増えているのもまた事実でしょう。

 考えれば考えるほど、昔ながらの年齢基準が設定されたまま様々な社会システムが続いていることによって、今の日本に無意味なズレやストレスを多々生んでいるのではないかと思うのです。あえて「年齢は呪縛である」と考えれば、学業や仕事以前に、その人の日々の生き方まで影響されることを考えればなおさらです。もちろんすべての年齢制度が無意味だとは言いません。しかし、人それぞれの精神や肉体の元気度や実力によって、その人本来の可能性を活かせるチャンス(個々からすれば自らの年齢に縛られない意識、環境からすれば人を年齢で縛らない意識、とも言えましょう)がもっと増えることで、ポジティブに生きるための人生の選択肢が増え、その結果この国が今抱えている歪みが多少なりともリセットされていくのではないでしょうか。
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01.03.2004

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根・勇・強・色気の人 − 藤巻幸夫

 どんな人材を欲しいかというと「気のいい人」。元気、根気、勇気、強気、色気があって、気の利く人。その人が持つエネルギーや気を発見することが、人事だと思っています。人事は会社の気を変えてくれる。

 採る側が人生を思いっきり生きていないと、その「気」は分らない。フジマキは五感を駆使して、見分ける努力をしている。
 今年度、福助には新卒、転職組合わせて50人の新入社員が入った。フジマキも全員の面接をした。勝負は1〜3分。ちょっとしゃべれば分るもの。履歴書にいっぱい書いてあっても、言葉と違う人がいる。人は商品、履歴書はカタログ。カタログは立派でも商品がださい例もある。
 趣味の欄に「読書」なんて書いてもちっともおもしろくない。具体的に「夕刊フジの3面」って書いた方が「こいつ、正直だな」と思う。
「三島由紀夫の金閣寺の何行目」なんて書いてあったら多分採りますね。
 服装は関係ない。要は中身。センスはあとで教えてあげればいい。僕だって入社したとき、ださかったもの。
05.01.2004 朝日新聞「フジマキに聞け」

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理